2009年12月31日木曜日

Avatar 見ました

 あちこちで3D映画革命だなんて評判が出ていたので、Avatar 見てきました。札幌シネマフロンティアでは12月23日が、ちょうど水曜日のメンズデーで、祝日+公開日+料金割引の好条件!なんだかんだ言って、プログラマならば、この手の映画(TRONなど)は気になるところでしょう。
 で、今頃感想を書いているように、そんなに感動するほど凄いとは思わなかったんですよ…これが…。見る映画館によって印象は、だいぶ違うのかもしれません。3D映画の方式もいくらかあって、どの方式もそんなに違わないらしいのですが、画面の色落ちが気になってしょうがありませんでした。12月30日には、「カールじいさんの空飛ぶ家」を見てきましたが、アニメの方がカラフルなので、色落ちに関しては違和感が少ないです。
 撮り方も遠景ばかりを多用していて、俯瞰している印象ばかりが残りました。海岸の絶壁で波が荒れ狂う場所を飛ぶシーンとかあるんですけど、迫力はあるけど、どうにも迫力不足というか…。画期的な3D映画には違いないのでしょうけど、わざと刺激を抑えて製作したように思えてしょうがない感じです。近景のあるシーンって、エイワ(くらげのようなもの)が浮遊するシーンぐらいしか印象にないです。
 波の荒れ狂うシーンでは、カヤックでダウンリバーしている経験からすると、本物の迫力は、こんなものじゃないだろう…と思ってしまったんですね。映画のような波間におかれたら死んでるでしょうけど…。

 製作するのは大変かもしれませんが、3D映画の可能性も、まだまだこれからじゃないかな?3Dじゃない映画でも、180度近く視野の広い映画を製作するとか?いろいろありそう。

2009年12月27日日曜日

働かざるもの、飢えるべからず。感想


 本書の位置づけは、難しい。まず、誰に向けて書いた本なのか?が、「あとがき」になるまで明かされない。読みながら、ずーっと本書の位置づけについて考えていたのだが、想定している読者は狭いように思えてしかたがなかった。筆者が以前にブログで、誰が読んでいるのか知りようもないし、気にしてもしょうがないというような事を書いていたと思うのだが、そんな感じの書に思えた。「あとがき」により、ブログをやる人に向けて、自分なりに消化してフィードバックしてほしいと始めて種を明かされる。

 テーマは、情報化時代の生き方を提言するもので、「仕組み」進化論からの続編になると思う。産業革命はプロテスタントと植民地支配を生み出した。エネルギー革命は、資本主義とテロリズムを生み出した。そして誰も体験した事の無い世界において、情報化時代に相応しい新しい思想をぶつける試みだ。

 まずは、部分的に、これはうまく行くかどうか疑問に感じた点から、挙げてみたい。
1.相続税で全員を賄えるのか?年金と社会相続税の関係がちょうど対極にあるように、若者の人口比率が増えればベーシック・インカムの額が目減りするという点にある。今は最良の時期かもしれないが、ここ数十年で破綻する可能性が高いのではないか?
2.死んで残される資産のうち、不動産による資産は8割が無価値に近くなり、ベーシック・インカムの財源にはならないのではないか? バブル期でもあるまいし、買い手のいない土地は売れない限り財源にはならない。
3.農業は土づくりが基本であり、まじめに農業をしている人から見れば、まともな土地になるまで最低5年、世代を越えて土づくりを考えるぐらいの執着があるのではないか?こういう土地を相続税で、いちいち取り上げられていては、たまったものではありません。都会の土地感覚とは同列には扱えない気がした。
4.担い手のいなくなる仕事が発生するのではないか?世の中には、きつい・きたない・きけん、いわゆる3Kと呼ばれる仕事もあります。ベーシック・インカムを得た後に、果たして、これらの職に就こうという人がどれだけいるのか?

 わからなかった理論が
1.田舎は金持ちの住むところという理論。田中角榮の列島大改造から続く経済様式と、姥捨山に金をという話が、ごっちゃになってないでしょうか?自分の感覚からすると、ストレスを感じるぐらい人が密集している所に住んで、何が楽しいのか?突き詰めていけば、何のために生きているのか?って所に落ち着くのでしょうか?

 自分の宗教観は密教によるところが大きいです。しかし、私自身、悟りの世界など存在するとは考えておらず、悟りの世界に到達すれば幸せになれるのかどうか知る由もない。そういう立場でしか考える事ができないので、本書の目指すところは、大変難しいと感じます。スマナサーラ師との対談で、「全員が出家したら誰が托鉢するのか?」という質問をしているが、著者の目指すところは「全員を強制的に出家させる道」であると感じました。対談中、師は「社会で果たさなければならない義務がある者には、出家をさせようとはしない」と、こたえられています。なるほど、社会がベーシック・インフラを用意すれば、全員が悟りを開けるのかもしれません。悟りを開いた人だけで生活が成り立つのか?ここから先は、想像力が勝負です。ロボット三原則のようなクールな思想が必要とされているのでしょうか?

 法律家なら、情報革命後に相応しい法律、哲学者なら、情報革命後に相応しい哲学、小説家なら小説…というように、断片を描く事が期待されているのか?本書には、そのようなメッセージが垣間見れます。

 最近、国語が苦手で縁遠かった古典を読んだりしています。時を同じくして読んだのが「徒然草」。本書と連動して心に残った部分を引用して終わりとします。参考URL

140段
 身死して財殘ることは、智者のせざるところなり。よからぬもの蓄へおきたるも拙く、よきものは、心をとめけむとはかなし〔氣の毒〕。こちたく多かる、まして口惜し。我こそ得めなどいふものどもありて、あとに爭ひたる、樣惡(あ)し〔醜い〕。後には誰にと志すものあらば、生けらむ中にぞ讓るべき。朝夕なくて協(かな)はざらむ物こそあらめ、その外は何も持たでぞあらまほしき。

142段
 心なしと見ゆる者も、よき一言はいふ者なり。ある荒夷〔東國邊の荒い田舍武士〕の恐ろしげなるが、傍(かたへ)〔傍の者〕にあひて、「御子はおはすや。」と問ひしに、「一人も持ち侍らず。」と答へしかば、「さては物のあはれ〔人情の機微〕は知り給はじ。情なき御心にぞものし〔こゝでは唯ありませうの意〕給ふらむと、いと恐ろし。子故にこそ、萬の哀れは思ひ知らるれ。」といひたりし、さもありぬべき事なり。恩愛(おんあい)の道ならでは、かゝるものの心に慈悲ありなむや。孝養(けうやう)の心なき者も、子持ちてこそ親の志は思ひ知るなれ。世をすてたる人のよろづにするすみ〔匹如身、人の一物をも手に持たぬを云ふ〕なるが、なべてほだし多かる人の、よろづに諂ひ、望み深きを見て、無下に思ひくたすは、僻事なり。その人の心になりて思へば、まことにかなしからむ〔いとほしい、最愛の〕親のため妻子(つまこ)のためには、恥をも忘れ、盜みをもしつべき事なり。されば盜人を縛(いまし)め、僻事をのみ罪せむよりは、世の人の飢ゑず寒からぬやうに、世をば行はまほしきなり。人恆の産なき時は恆の心なし〔孟子に「無2恆産1而有2恆心1者惟士爲レ能、若レ民則無2恆産1因無2恆心1」とある。恆産は日常の生業、生活す可き職業〕。人窮りて盜みす。世治らずして凍餒(とうだい)〔こゞえる事と饑うる事と〕の苦しみあらば、科(とが)のもの絶ゆべからず。人を苦しめ、法を犯さしめて、それを罪なはむこと、不便のわざなり。さていかゞして人を惠むべきとならば、上の奢り費すところを止め、民を撫で、農を勸めば、下に利あらむこと疑ひあるべからず。衣食世の常なる上に、ひがごとせむ人をぞ、まことの盜人とはいふべき。

static_assert はコンパイル・タイムのお話

 ちょっと気になっただけなんだけど、コメントに書くと、どうしても S/N比が下がるので、エントリとしてあげてみる。
 static_assert が標準に組み込まれるらしいのだが、これは、コンパイル時にエラーとなるようにするための機能である。普通の機能は、実行時の動作を書くのだが、ここが大きく異なる。さて、コンパイル・タイムというのは、コンパイラに激しく依存する。SJISでソース・コードをコンパイルするかもしれないし、UTF-8でソース・コードをコンパイルするかもしれない。コンパイラがコンパイル時にサポートする言語は限られていそうであるからして、ここの文字に ASCII 以外を指定する事は、まず考えなくて良いのではなかろうか?
 まさか、自分が書いたソースのエラーを多国語対応するために、msgfmt を駆使するわけにもいくまい…などと、いう事を考えてしまいました。

2009年12月26日土曜日

民主党どこへ行く?

 なんとなく、書いておきたい気分になったので、書いておく。

 自民党が大敗して、民主党が選ばれたのは、おそらく、国民が政府からお金がもらえると思っての事ではない。このまま行けば、小学生でもわかる通り、日本国が破産するからだと思うのだ。

 そんな理由で選ばれたと思うのに、連立政権を維持するために、田中角栄の手法を踏襲するバラマキを続けて良いのでしょうか?国民から支持が得られなくなると思うのだ。肝に命ずるべきだろう。

 亀井さん、小沢さんは、国民が民主党を選択した理由と、まったく真逆の事をやっている。

 この二人がいなければ、もっと国民から支持されていたろうに…。

 次に、うちでの小槌なんて無い事は、国民も理解していると思う。高速道路無償化など、修正すべき事は修正しても良いのではなかろうか?

grub 復活の備忘録

 Windowsのアップグレードで、ブートレコードがクリアされてしまった場合に復活するための手順。一度検索して、手順を理解したのだが二回目の作業のときに意外に情報が見つからなかったので、ここに記録する事にした。

 Ubuntu + Windows のデュアル・ブートというケースで話をすすめるが、他のディストリビューションも似たような状況ではないかと推察される。

 Ubuntu の CDROM から Ubuntu をインストールしないで起動する。

 コマンド・プロンプトを開く

$ sudo fdisk -l

ハードディスクの状況を確認する。ちなみに、私の家の環境では、下記のとおり

/dev/sda1 ---> Windows 7
/dev/sda2 ---> /boot
/dev/sda3 ---> swap
/dev/sda4 ---> /

 とりあえず、/ に相当するパーティションをUbuntuのエクスプローラみたいなやつでマウントする。

そのディレクトリは、/media 下にマウントされるはずである。名前は、状況により異なる。仮に /media/disk というディレクトリにマウントされたと仮定して、話を進める。



 boot パーティションを分けていない人は、この手順は不要である。boot が /media/disk に連結されていないので、マウントして連結させる。

$ cd /media/disk
$ sudo mount /dev/sda2 boot

 最後に grub を復活させる

$ sudo grub-install --root-directory=/media/disk /dev/sda

以上である。

2009年12月25日金曜日

windows7 の virtual pc 仮想マシンの作成 ボタンが表示されない

 windows 7 に仮想マシンを追加しようと思ったが、肝心の仮想マシンをどうやって追加したら良いかサッパリわからなかった…。仕事で、CentOS の環境がノートパソコン上に仮想で欲しいと思っていたのに、仕事にならん・・・。
 みんなどうやって仮想マシンを追加しているのか調べてみたら、どうやら「仮想マシンの作成」ボタンが表示されるものらしいのだ。ところが、私の環境では、肝心のボタンが無い。調べていくうちに、u_26さんのU字路を見つけた。いやー、もうギブアップです。何をどう頑張っても「読み取り専用属性」は外れません。つか、セキュリィティの都合で「読み取り専用属性」付けてるところに仮想マシン用のフォルダ入れんなっつーねん。
 そもそも、Document and Settings とか、ユーザー とか、Program Files とか、無駄に糞長いフォルダ名も気にいらなければ、付け足しのようなセキュリィティ環境も勘弁してほしいところです。home でええやんか・・・むかつくねん。Program Files もパスを設定するの長いし、タイプするのしんどいし、場合によっては、ダブルクォーテーションが必要だったり不要だったり、わけわかれへんねん。環境変数も足りなくなるから、ルート直下にフォルダを作ったりするねん。ルート直下がぐちゃぐちゃして、気持ち悪いねん。

2009/12/26 追記: Unix の root のように、windows でも管理者権限での作業はまかりならん!というのを目指しているのでしょうか?何を目指して設計して、ユーザには、どのように利用してもらいたいのか?コンセプトを提示しないとわかんねぇーよ。>Microsoft 様

2009年12月21日月曜日

Plug me!

 いんやー、年賀状の季節なのである。「筆まめ」を使っていたのだが、ディスクが壊れて住所録もオシャカになってしまったので、昨年は、はがきスタジオを使った。しかし、この住所録の部分が使いにくいのだ…。なんだかんだ言っても、「筆まめ」の住所録の方が良かったなーと思って、「筆まめ」をダウンロード購入してインストールしました。
 「筆まめ」に、おまけで JWord までついてきました。マニュアルを読むのに必要だと書かれていたので、何も考えずに JWord をインストールしたら、IE8 の URL に JWord の文字が・・・???えっ?IE用のプラグインをインストールするのは反則だろ?と、JWord プラグインを無効に設定しました。
 しばらくすると、JWord のアップデータが起動して、最新版にアップデートして下さいとの事なので、アップデートしたら、プラグインが有効に戻ってるじゃあーりませんか???勝手にプラグインを入れて繋ぐのやめてくれないかな?うぜぇーーーんだよ。速攻でアンインストールの刑です。

 「筆まめ」の年賀状デザイナ、文面が変更できないようになっていて、この部分(テンプレート)でお金を稼ぐビジネスモデルを考えているみたいだから、正直、欲しいデザインが作れないのです。宛名印刷の機能しか使う予定は無かったので、使えなくても差し支えないのです。しかし、はがきスタジオのソフトをどこかへやってしまったので、ネットを物色しました。そうすると、郵便年賀.jp なるものを見つけました。
 はがきデザインキットは無料です。今度は、Adobe Air のアプリで、御丁寧にインストール時にユニークなアカウントを作成する仕様になっていて、ユニークなアカウントを作成するまでに数分間待たされる事になりました。全く、どいつもこいつも、繋ぎたがりばかりです。 iGoogle のチャット機能といい、

Plug me!
   Plug me!
        Plug me!

 騒々しくって、いけません。はがきデザインキットも、そこそこ使い易いのですが、これが次世代アプリの姿ってものなんですかねぇ?

 「ただいま、キャンペーン期間中で、ナゲットがお安くなっております。いかがですか?」
 「いえ、結構です」
 「それでは、ご一緒にお飲み物でもいかがでしょうか?」
 「いえ、結構です」
 「○○の特待チケットです。よろしければ、お使いください」
 「はい」

なんか、頭が痛くなってきた・・・。